まどのん、ずっと書きたい話題がありました。
長年家族全員の願いだった、父(70歳)のアルコール依存症を改善させることができたのです!
とはいっても、断酒はせず、常識範囲内の飲酒量におさえているといったところです。
ん?専門家だから、当たり前だろ?って?
これが、とても難しいのです!私は数多くの保健指導を実施してきたので、もちろん自分の父にも今まで何度も減酒を奨めてきました。
しかし、身内にわかっていることを指摘されるほど嫌なことはなく、依存症を直すことは非常に困難でした。
ずっと昔は、酒好きの父と上手く付き合えていました。でも、父はある頃から酒の量が増えて抑えられなくなり、病気やケガをしたり、会話がスムーズにできないといったことが増えてきました。
そんな父親に、この度、思い切って精神科のアルコール依存症外来を受診させました。
このことによって、やっとやっと適正飲酒できるようになってきたのです。父70歳の出来事です。
節酒を始める前の父について
<改めて考える酒の害>
過度の飲酒は、がんや、動脈硬化による心臓・脳の疾患、肝疾患の悪化、認知症等の加速等数えきれない害があります。
さらに、泥酔や脱水による転倒、酒気帯び運転による事故等、死へ直結するリスクも高くなります。
どれだけ飲んでいたの?
普段の1日に飲む量は、日本酒に換算すると3合以上。夕食ビール1本、日本酒1杯以上、夕食後日本酒1杯以上。
父は酔っ払いきるまで飲むというスタンス。酔うと、気分も良くなる、普段は言葉数少な目なのに対し、気が大きくなってよく話し、その後は泥酔状態になりろれつも回らず、話もかみ合わず、まともに会話できない状況でした。寝てしまった後に起きては更に飲みます。
退職前の60歳から5年程度は、自らの性格や飲みすぎのせいか、仕事上のミスや人間関係によりストレスが増加していました。
そのころから、飲酒量の更なる増加と、隠れ飲酒の増加が目立ち始めます。家族が飲みすぎを指摘すると、さらに深酒がエスカレートしました。
母の対応
母はそんな父を放置していました。母は父の飲みすぎを指摘すると、ケンカとなり面倒に感じて、夜は別に過ごして翌日の仕事のため先に就寝してしまうという毎日でした。たまに、娘の私に愚痴を言ってきます。
病気
父は40代から、大腸がん・胃がん・食道ポリープなど、多くの病気をしてきました。胃は手術をしたため、1/3しかない状況で、食事をあまり多く一度に食べられないという状態です。
第一のきっかけ 自転車事故からの慢性硬膜下血種
ここで5年前、ある事故が起きます。近所で飲んでいた父は、酔っぱらった状態で自転車に乗っていたところ、横転し頭を強打しました。
「酔って転ぶ」はよくあったことだったので、外見のケガが治れば放置していたそうです。
ところが、3か月後、父から娘の私へ電話が。
「お父さん、うつかもしれない。仕事のことで、まわりから責められている。病院に行こうかと思っている」と相談が。
おかしいと感じ、父のもとへ。全く変というわけではないが、どこか会話が変な様子。散歩にいくと、ふらふら、半身が動きにくいとのこと。これは脳梗塞!?
翌日同居の兄に、病院へ連れて行ってもらいました。そこで発覚した、頭部の内出血。自転車事故で強打した箇所です。「慢性硬膜下血種」ということで、脳を圧迫し、あやうく死ぬところだったということがわかります。緊急手術をしてもらい、父は一命をとりとめます。聞けば、職場でもおかしな行動が目立っていたとのことでした。
大けが後、父は脱水で倒れないよう、水を飲むことを心がけていました。しかし、食後の脱水で倒れることが年に1~2度ほど続きます。過去にもありましたが頻度が増えました。慢性硬膜下血種の術後は特に頭のケガには注意しなければ、前回同様の状態になりやすく危険です。水を飲む意識をするだけでは足りないと私は思い始めます。
第二のきっかけ 孫の妊娠・誕生を期に、休肝日 週1日のスタート
3年前の夏、私は第一子の里帰り出産のために、臨月から実家に住んでいました。そこで父のひどい飲酒状況を目の当たりにします。そしてまた父は、脱水で倒れます。
その後の検査で脳に異常はなかったものの、認知症のような症状も進むばかり。何より、父と正常に話せることが少ないことが一番悲しかったのです。
そこで私は主人と相談して、意を決して父に休肝日をつくるように促します。初孫の出産であることをきっかけに説得します。父は、ちょうど介護の送迎の仕事をしていたので、「酒が残った状態で運転をして事故をしてはとんでもない」とも私は説得しました。
今までなら絶対にYesという返事はこなかったのに、この説得で父は、なんとか週に1回の休肝日をすることを約束してくれました。ちょうど早朝の仕事の前日なら、休肝日ができそうだということでした。
休肝日スタート
父は、週に1度休肝日(主に水曜日)をとってくれるようになりました。しかし、徐々に何かと理由があって休肝日がずれてなくなってしまったり、休肝日の前日と翌日にいつも以上に飲むということがありました。
休肝日の日は、「今まで酒があるから食事はおいしかったのに、酒を抜くと食事がおいしくないし楽しくない」と不満をもらします。
第三のきっかけ 脱水事件後の対応に娘の怒り爆発 断酒を促す
休肝日を初めて2年経った頃、ちょうど私の第二子の妊娠発覚後に、母から電話がありました。父がまた脱水で倒れたと。幸い意識はあるとのことなので、水を飲ませてから、実家に同居(二世帯)している兄嫁に夜の病院へ連れて行ってもらいます。慢性硬膜下血腫後は転倒後の頭の検査が大事です。なんとか深夜に無事を確認でき、胸をなでおろします。
翌朝、父は別の病院の検査のため、また兄嫁に送迎をお願いします。
兄嫁は連日父に振り回されたのです。
しかし後日私が話したところ、父はこのお世話になったことを「自分は介護してもらって当たり前」と思っていたことが発覚。なんと自分勝手なんだと娘の私がブチギレます。
兄嫁からしたら、旦那の父親が大酒飲みで、「自分は息子の嫁に介護されて当たり前、みんなそうしてきた」と思われていたら、たまらないですよね!?二世帯住宅とはいえ、感謝の気持ちが一つもなければ介護から逃げ出したくなりませんか。
でも、アルコール依存症ってそういうものなのかもしれません。アルコールを飲むことによる周囲の迷惑について、考えることをやめてしまうものなのでしょう。
ここで私は父に対して、依存症とはいえ、思いやりのなさについて激怒します。父から兄嫁に謝らせ、お酒をやめることを説得しました。父に、お酒を適量に抑えさせようとしても、事故を防げないと判断したからです。
長くなりました。続きは後編で!
管理栄養士まどのん の 栄養相談室
